17世紀、ひとりの数学者が謎に満ちた言葉を残した。「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」以後、あまりにも有名になったこの数学界最大の超難問「フェルマーの最終定理」への挑戦が始まったが―。天才数学者ワイルズの完全証明に至る波乱のドラマを軸に、3世紀に及ぶ数学者たちの苦闘を描く、感動の数学ノンフィクション。
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「ピエール・ド・フェルマー」
ピエール・ド・フェルマー(Pierre de Fermat、1607年末もしくは1608年初頭- 1665年1月12日)はフランスの数学者。「数論の父」とも呼ばれる。ただし、彼は実際には弁護士を職業としており、数学は余暇に行ったものである。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
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「アンドリュー・ワイルズ」
アンドリュー・ワイルズ(Andrew John Wiles, 1953年4月11日 - )は、イギリスの数学者で、現プリンストン大学教授(整数論)。ケンブリッジ出身で、ケンブリッジ大学卒業。大学院でジョン・コーツの指導下のもと、岩澤理論と楕円曲線論の研究、博士号を取得した。業績に岩澤(健吉)主予想の解決(メイザーとの共同研究)やバーチ・スウィンナートン=ダイアー予想に関する貢献(コーツとの共同研究)などがある。
もともと数論における優れた研究者として知られていたが、1993年、谷山・志村予想を半安定な場合について解決したと突如発表し、その系として「フェルマーの最終定理」を証明したと宣言した。彼はそれまで7年もの間この仕事に専念していたが、ほぼ完全に秘密としていたため周囲を驚愕させた。証明の内容は更に驚異的なものだった。そこには一箇所致命的な誤りがあったことが後に判明したが、翌1994年、修正に成功し、新たな論文が1995年のAnnals of Mathematicsに掲載された。このことにより、ワイルズはフェルマー予想を提起以来360年ぶりに解決した。国際数学連合のフィールズ賞には40歳以下という制限がついているため、ワイルズは受賞を惜しくも逃したが、その顕著な業績に対して異例の特別賞が贈られた。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
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フェルマーの最終定理は、一見、簡単に証明できそうですが、そこには、無限、という底知れない罠が仕掛けてあったのです。天才と呼ばれた数学者たちがこの問題に挑戦してきましたが、証明までには360年かかりました。しかし、その360年はまったく無駄ではありませんでした。この問題の証明の過程で、数多くの数学上の発見があったことも事実なのです。本書はフェルマーの最終定理とその定理に深く関わる数論について、様々なエピソードを交えて、できるだけわかりやすく解説しました。
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(この項、終り)




